言いたいことはココだけde

言いたいことを言いたいように書いていきます。

とりあえず周囲から気を遣われるのが普通と思っている人が多い事だけはわかった

先週から最大級の「いいね」をとっているこの( 「赤ちゃんにきびしい国」のつづきとか補足とか〜12万いいね!の理由〜 | sakaiosamu.com )話題。

2極化している議論ですが、どっちもどっちなんですよ。上記の堺さんのメッセージも偏った考えで僕的にはダメな考えなんです(僕は境さんの本や考えは好きですが今回のメッセージ-途中で読むのすら止めました-は、いかしてないと思います)。

僕の考えは「子連れだろうがそうでなかろうが人として周囲に配慮し遠慮する"姿勢"が必要である。それが思いやりであったり譲り合いというもの。別の言葉ではマナーとも言う。学校では教えてくれないので親が子供に教えなくてはならない」というものです。

子連れだからだとか年寄りだからとかではなく、具合の悪い若者だっているんですって。「オレは障害者だ!」と病院で怒鳴りちらし先に治療を受けようとする爺がいたそうです。ありそうな話ですが、病院にいる患者は"ほぼ"具合が悪いんですね。それだけ怒鳴り散らせるんだから「一番元気そうですから他の方を先に治療しますね」くらい言うと周りから拍手喝采だろうけど、そうもできない建前があるのが現実。順番通りに治療したそうですがご本人はご立腹だった模様。

具合悪かろうが悪くなかろうが、子供がいようがいなかろうが、その時できる範囲で「周囲で気を遣うのが普通」と思っていましたが、今回の反応で「周囲から気を遣われるのが普通」と思っているバカどもが多いという事だけは分かりました。

 

「あなたはマナーを親から教わりましたか? あなたは子供にマナーを教えていますか?」

2極化した議論をしている人達はどちらの層であっても上記の質問に「YES YES」と答える割合が極端に少ないと思っています。

電車内でドヤ顔している人はたくさんいます。酔っ払いのオヤジから小学生のガキまで。世間は小学生には許容範囲が広いんですよ。子供はそういうものだと思っているから。ところが許容範囲を超えて目立つ人が出ると同じ事をしても標的になる。今回の議論ではベビーカーなどの子連れに対する許容範囲が2極化しているグループで異なるのです。

境さんに直メールを送ってこられた方は許容範囲を超えていた訳です。でも他方のグループに属する方達はまだ許容範囲のうち。片方は許容範囲が広く他方では狭い。それがこの議論の根幹でそもそも尺度が違う主張をしているグループ同士なので相容れるものではないという理解ですし、片方の考えにまとまるという話でもありません。ましてやどっちが正しいというものでもない。それぞれのグループの人達は自分達が正しいと主張するでしょうが、僕からすれば「どっちもダメな浅はかな考え」なんですから。


ここで「12万いいね」への反応に対する感がえは終わりなんですが、それにしてもダメな大人(=政治家や自称活動家)に限って「子供たちの未来にために」とか「子供の健康が」とか「子供たちへの影響が」とか子供という言葉をだしに使います。子供達の未来のためにというなら大増税して大人が痛みをもって国債発行をゼロにしてとうとう1000億円超えた国債発行残高を減らしてたり、「僕は年金要りません」と年金の自主返還をしたりしそうなものですが、そういう大人は出てきません。
裏表の顔がある代表の新聞・テレビなどのマスコミに至っては「軽減税率の適用」を政治家に働きかけています。「オレらだけ税金安くしてよ!後はどうでもいいや」というのが本音ですが建て前では「国民の知る権利が脅かされる」と言っています。"国民"をだしに使っているんですね。自分達は"特別"だという意識があるからこう主張をするんですね。

「国民は・・・」と言えば国民は納得していませんよ」という政治家の言葉をよく聞きますが、納得していないのは国民でなく質問者の政治家なんですね。「国民にどう説明するんですか」と言うのでテレビで国民に向けて説明すると今度は「国会軽視」と言って来ます。自分に説明して欲しかったんですね。マスコミと同じで政治家も主語をすり替えて代弁者顔している訳です。

 

「子供のため」という主張をする人も同じで"ほぼ100%"「自分の利益のため」という文言が言いにくいのですり替えているんですね。僕らは「そんなに聖人君子がいる訳ない」と意識することが重要です。